「廃線跡」観光スポットに 高千穂鉄道・高さ105メートルの鉄橋を渡る“絶景カート”が人気

役目を終えた線路が歩道や観光スポットとして新たな息吹を得る。過去と未来が交差する、その風景の魅力は何か。AERA 2025年5月26日号より。

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4連のアーチが美しいカーブを描く。聞こえるのは、鳥のさえずりくらい。

都内で働く30代の女性は数年前の初夏、横川(群馬県)-軽井沢(長野県)の廃線を辿る「廃線ウォーク」に参加した。自然の中を歩くうち、日常の緊張がほぐれていった。

「時の流れに取り残されたような、静けさを感じられました」(女性)

各地でローカル線の廃止が相次ぐ中、その跡地が新たな息吹を与えられ、地域活性化の拠点や憩いの場として生まれ変わっている。

廃線跡歩きはその一つ。

かつて列車が通った道は、トンネルを抜け、川を渡り、山を巻くようにして続いていた。自然の中を無理なく進むために選ばれた線形は、現代の車道とは異なる独特の曲線美を備え、歩くだけでも風景との一体感を味わえる。

横川と軽井沢を繋ぐ碓氷峠には、「碓氷線」と呼ばれる線路が通っていた。しかし、1997年9月、北陸新幹線(高崎-長野間)の開業に伴い、並行して走る碓氷線は役割を終え、100年余りの歴史に幕を下ろした。通常は立ち入ることのできないその跡は2018年10月、ガイドとともに歩く「廃線ウォーク」としてスタートした。

横川-軽井沢間、約11キロ。枕木の上を一歩ずつ進んでいきながら、いくつものトンネルを抜ける。途中にあるのが碓氷第3橋梁(きょうりょう)、通称「めがね橋」だ。全長約91メートル、谷底からの高さ約31メートル。レンガ造りのアーチ橋では日本最大の規模だ。

「普段は入れない線路の中に入れて、探検家になった気分も味わえました。廃線跡って、どこかいいですね」(女性)

■旧車両の運転体験

廃線跡歩きにとどまらない。役目を終えた線路が、各地で新たな観光スポットとして蘇っている。

廃線観光の代表格と言えば、線路の上を自転車のようにペダルを漕ぎながら颯爽と走り抜ける「レールバイク」だ。

秋田県小坂町の観光施設「小坂鉄道レールパーク」では、09年に廃線になった「小坂鉄道」の線路上をレールバイクで走る。同パークには、「ブルートレインあけぼの」の車両を利用した宿泊施設もあり、鉄道ファンにはたまらないスポットとなっている。

廃線跡を生かした楽しみ方は多様だ。中には、かつて実際に走っていた車両を自ら運転できるという、鉄道ファン垂涎の体験もある。

北海道陸別町。「ふるさと銀河線りくべつ鉄道」では、06年に廃止された第三セクター鉄道「ふるさと銀河線」の線路を一部利用し、旧車両による運転体験ができる。同鉄道を運営する、陸別町商工会事務局長の杉本武勝(たけまさ)さんは言う。

「現役時代そのままの線路を走る車窓からは、自然あふれる北海道の風景が広がります」

この言葉通り、運転体験は、ふるさと銀河線が走っていた北海道の大地を感じながら満喫できる。5コースあるが中でも人気は、廃線跡の1駅分の運転体験ができる「気動車運転体験 分線(ぶんせん)コース」。旧陸別駅から旧分線駅間、国内最長の5.7キロ。価格は6万5千円と高額だが、キャンセル待ちが出るほど全国の鉄道ファンの人気を集めている。

鉄道ライターの小林拓矢さんは、「廃線跡の活用には大きな意義がある」と語る。

■関係人口の増加

現在、各地のローカル線の廃止とともに地方の過疎化が進んでいる。廃線跡を活用することによって、交流人口や関係人口が増えていく側面が期待できると言う。

「鉄道は、地域の人たちのアイデンティティーとも強く関わります。廃線となった鉄道を活用して残すことは、そこに暮らす人のアイデンティティーを保つことにもなります」

小林さんが注目しているのは、日本神話ゆかりの地・宮崎県高千穂町の「高千穂あまてらす鉄道」だ。05年の台風災害で廃止となった第三セクター「高千穂鉄道」の線路を活用し、観光鉄道車両「グランド・スーパーカート」を走らせている。

最大の見どころは、高千穂鉄橋を渡る体験だ。鉄橋の高さは、圧巻の105メートル。谷底の景色を眼下に、屋根のないカートで風を浴びながら進むスリルと爽快感は全国でも唯一無二。この観光鉄道は地域再生のシンボルにもなっていて、観光客の誘致に大きく貢献。乗車人数は右肩上がりに伸び昨年度は、12万人を超え、人気の観光スポットとなっている。

高千穂あまてらす鉄道は、地元の有志が立ち上げた。総務主任の飯干泉さんは言う。

「鉄道は地域の宝です。将来また、鉄道として復活させることが目標です」

■地域経済に貢献

中国地方の山間部を走っていた「JR三江線(さんこうせん)」の跡地を活用した挑戦にも、注目が集まっている。同線は利用者数の減少などから18年に全線廃線に。今は、島根県境に近い宇都井駅や口羽(くちば)駅(島根県邑南町、おおなんちょう)一帯でトロッコ体験ができる。

この「三江線トロッコ」を運営するのは、地域づくりを目指す地元のNPO法人「江(ごう)の川(かわ)鐵道」だ。同法人事務局の佐々木創(そう)さんは、「三江線の廃線を“負の遺産”としてではなく、お客様に喜んで頂ける地域のコンテンツとして成立させることが我々にとってのチャレンジ」と話す。これを長い目で捉えた時、若者の就職先の一つになるかもしれないし、地域経済への波及効果に貢献するコンテンツに育つ可能性もあると。

「いずれにしても、小さな島国の中で、使われなくなり“空いている場所”の価値がこのまま放置されるとも思えません。そうした可能性も視野に入れながら、トロッコを走らせることでもう一度地域に賑わいを取り戻す努力を続けていきたいと考えています」

廃線は終わりではなく、地域の新たな物語の始まりでもある。使われなくなった線路がいま再び、人と人、過去と未来をつなぎ始めている。

(編集部・野村昌二)

※ AERA 2025年5月26日号

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